体操競技観戦入門

はじめに
 本講は体操競技を知らない方,もしくは体操競技に出会ったばかりの方を対象としている.そういった方々に体操競技のルールの概要を紹介し,以って体操競技を観戦する為の技能を習得させることを目的とする.こうして体操を観戦する層が増えれば,永い眼で見れば日本体操界の発展につながることだろう.
 なお,ここで紹介するルール,その他の情報は,あくまで一通りの観戦をする為に十分なだけの量,詳細度にとどめてある.したがってその中にはとりあえず大づかみに理解しやすいよう,正確でない表現を採用していることもある.より正確な知識を得たい方は日本体操協会にて販売されている採点規則等を参照されたい.また,もとより筆者は体操競技の専門家ではなく,筆者の不勉強により明らかに事実に反することが述べられる可能性もある.間違いを発見した方はこちらででもご指摘願う.



1.分類
 本講において論じるのは左図中の体操競技についてである.
 体操競技は俗に器械体操と呼ばれるが,これは広く器械器具を用いた運動全体を指す言葉であり,スポーツとしての,競技としての名称としては“体操競技”が正式である.
 また,略に単に“体操”とも呼ばれるが,これは陸上競技を単に“リクジョー”と呼称するのと同様である.
 なお,巷で女子体操競技と(女子)新体操を混同する発言を多々耳にするが,これらは全くの別競技である.注意されたい.



2.種目
 体操競技の種目には左図のように男女合わせて計10種目ある.床と跳馬は男子と女子とで名前こそ同じだが,内容は幾分異なるので全10種目というのが適当である.各種目の詳細,及びこれらの種目に対して競技がどのように行われるのかについては後述する.



3.競技
 体操競技の競技には左図のような種類がある.各競技の詳細については後述する.ここで“競技”という言葉の意味するところは,競技の数だけの優勝者(チーム)がいるということである.すなわち,オリンピック・世界選手権等の大きな大会では,これら全競技を行うので,同点優勝がないとすれば,金メダルを全部で14個用意する必要があるのだ(団体総合のメダルはチームの人数分用意されるが,ここでは一つと数えている).

 その昔,団体種目別というものもあった.だが,オリンピック競技の中で体操のみメダル数が多くなってしまうのをIOCが懸念した結果,なくなったと聞いている.
 '96年までは規定演技というものがあり,団体総合は『団体規定演技』と『団体自由演技』の得点の合計点で競われていた.



4.主要大会
 世界,及び国内の主要な大会には,左図のようなものがある.
 かつてはオリンピック同様,世界選手権も4年に一度開催されていたが,今ではオリンピック年を除く毎年行われている.
 ここで世界選手権とワールドカップの違いを述べておく.
 世界選手権は全世界各国の体操協会が選手を派遣し,各競技での世界一を決める大会である.この点では,{オリンピックでは出場権をかけた予選があるが(オリンピック前年の世界選手権がオリンピックの予選大会となる)}世界選手権はオリンピックの体操のみ版といえる.
 それに対し,ワールドカップは種目別の賞金大会である.いくつかあるワールドカップシリーズ大会(ドイツカップ,スイスカップ,釜山カップ等)に出場し,そこで上位に入るとワールドカップポイントを獲得,そのポイントからワールドカップランキングができる.そのランキングで最終的に上位8名に入ると,ワールドカップ・ファイナルに出場することができる.このワールドカップ・ファイナルを単にワールドカップということもある.ここで優勝したものが最終的なワールドカップ覇者ということになるが,これは厳密な世界一とは言えない.なぜなら,ワールドカップシリーズ大会への出場は任意であり,日本をはじめ,これらの大会に選手を派遣していない国もあるからだ.しかしながらワールドカップに出場することは知名度向上に寄与するので,今後は日本も選手を派遣すべきではないかとの意見もある.これらの点を考え合わせると,体操におけるワールドカップはフィギュアスケートにおけるグランプリシリーズに似ているといえる.

 国内大会では,NHK杯(略称N杯)がその年の代表選手を選考する大会となっている.NHK杯へは,その前年の全日本選手権で個人総合上位36名に入った選手が出場できる.なお,代表の選考規準は,NHK杯で個人総合6位以内に入ることである(今後変更になるかもしれないが).したがってどれか一種目だけ猛練習してその種目の代表としてでることは不可能である.後述するがそもそも“特定の種目の代表”という概念は存在しない.



5.規則
 規則には左図のように採点規則競技規則がある.
 採点規則はある一演技に対して,それにどんな点をつけるかを規定するものである.その内容については後述する.
 競技規則は,各競技をどのように進行するか,採点規則に基いて出された点を元にどのように優劣をつけるかを定めている.すなわち,団体総合,個人総合,種目別はどのような競技かということが述べられている.この内容について,次章以降に述べる.
 また,採点規則・競技規則はともに四年毎,オリンピックの翌年に改正される.これについても後述する.



3.1 団体総合
 それでは以下,各競技の説明を行う.まず団体総合について述べる.乱暴に言えば,団体総合は,最も体操のレベルの高いチーム(国)を決める競技である.団体総合で上位に入れば,まず体操の強豪国だと言える.
 ここでは特に断りの無い限り,男子の場合を例にとって話を進めるが,女子の場合もほぼ同じだと考えてよい.
 男子は六種目を『床→鞍馬→吊輪→跳馬→平行棒→鉄棒』の順で行い,女子は四種目を『跳馬→段違い平行棒→平均台→床』のように回り,全種目のチームでの合計点を競う.
 先述の通り,団体には団体予選団体決勝がある.
 予選は,6-5-4制で行われる.すなわち,1チームは6名で構成され,そのうち各種目5人が演技し,その得点のうち高いほうから4人分だけがチーム得点に加算される.つまり,各種目毎に一人だけ演技をしない選手がいるということだ.そして,各種目につき,大失敗をやらかしたのが一人だけならその影響はチームの成績に響かないことになる.
 表1は団体総合を説明する為に筆者の頭の中で開催した郡山冬果カップ(通称小3嬢)におけるかりんさんチームの予選成績である.表中の空欄は演技をしなかったことを表す.各種目における上から4番目までの得点の合計(ベスト4合計)を,全種目にわたって加算したものがチーム得点となる.このチーム得点を以って団体の予選成績とする.
 ここで表2を御覧なさい.このようにチーム得点の大小でチームの順位が決まる.われらがかりんさんチームは2位で予選通過であった.決勝へは上位8チームが進める.
 団体予選で気をつけるべきことは,これが団体総合の予選となっているばかりでなく,個人総合及び種目別の予選ともなっている点だ.当然個人総合に出たい者は団体予選のときに6種目とも演技しておかなくては個人総合への出場権を得られない.種目別に出ようとする者も同様にその種目を団体予選で演技していなければならない.だが,そのチームにおいて個人総合の最も強い者が団体総合において6種目とも演技したときチーム得点が最も高くなるとは必ずしも言えないので,誰を予選で演技させるかというのは多分に駆け引きの要素がある.
表1 かりんさんチーム団体総
予選成績
鞍馬 吊輪 跳馬 平行 鉄棒 合計(個人総合成績)
たっちゃん 9.400 9.750 9.700 9.350 9.800 9.800 57.800
きーくん 9.650 9.650 9.600 9.550 9.750 9.600 57.800
はまっぷ 9.350
9.800 9.550 9.700
38.400
ゆきなみ 9.700 9.550 9.200 9.500 9.300 9.750 57.000
いが 9.700 9.800
9.500
9.600 38.600
つね
9.850 9.000
9.650 9.650 38.150
ベスト4の合計 38.450 39.050 38.300 38.100 38.900 38.800 チーム得点231.600
表2 団体総合予選結果
順位 チーム名 得点 決勝進出の可否
りんごさん 231.825
かりんさん 231.600
みかんさん 230.950
あぼかどさん 229.575
あぼがどろさん 227.387
まんごーさん 225.400
なしさん 225.375
ようなしさん 223.325
かきさん 223.225 ×
10 ももさん 220.775 ×
11 くりさん 218.550 ×
12 ばーなーなさん 217.500 ×
13 れもんさん 198.850 ×
 決勝は,6-3-3制で行われる.すなわち,1チーム6人,3人演技してその3人の得点がすべてチーム得点に加算される.だから,予選のときのようには失敗が許されない.
 表3にかりんさんチームの団体決勝での成績を示す.また,表4に団体総合決勝の結果を示す.
表3 かりんさんチーム団体総
決勝成績
鞍馬 吊輪 跳馬 平行 鉄棒 合計(参考)
たっちゃん
9.750 9.700
9.800 9.800 39.050
きーくん 9.650
9.600 9.550 9.750
38.550
はまっぷ
9.800 9.550 9.700
29.050
ゆきなみ 9.700
9.750 19.45
いが 9.700 9.800
9.500
29.000
つね
9.850
9.650 19.500
ベスト3の合計 29.050 29.400 29.100 28.600 29.250 29.200 チーム得点174.600
表4 団体総合決勝結果
順位 チーム名 得点 メダル
かりんさん 174.600
りんごさん 174.575
みかんさん 172.600
あぼかどさん 172.050
まんごーさん 169.975
なしさん 169.250
あぼがどろさん 168.525
ようなしさん 165.075

 おめでとう!!かりんさんチーム!感動をありがとう...



3.2 個人総合
 個人総合は,一人一人が,男子6種目,女子4種目を演技し,それらの得点の合計点で競われる.一種目あたりの満点は10点であるから,男子の満点は60点女子の満点は40となる.一般に,オリンピック・世界選手権等で,大会のチャンピオンと言うと(アトランタの女王,リュブリアナ世界選手権のチャンピオン)個人総合での優勝者のことを指す.言うなれば,個人総合は一番体操のうまいやつを決める競技である.
 さて,団体予選が個人総合予選を兼ねているということは前述した.以下,予選で満たすべき条件について述べる.
 ここでも小3嬢杯を例にとる.表1の個人ごとの合計点を見よ.この点数をもとに,全チームにわたる個人総合予選結果を表5に示す.原則的には上位36名が予選を通過する.だが,二名枠というものが存在し,1チームからは二名までしか決勝に進めない.これはかつて日本が表彰台を幾度も独占したように,一ヶ国にメダルが偏るのを防ぐ措置なのだが,そのために実力どおりの順位が決勝ではわからなくなるのは残念なことだ.もし一ヶ国から予選で1位〜3位がでても,三位の人は決勝に進めないのだ.表5中では,二名枠にかかわるチームを太線で示した.また,団体予選に時に,人数が足りず(あるいはチームとしての出場権を得られず),チームとして参加できない選手(個人参加選手)どうしはMixグルーを形成し,各チームと一緒に予選に参加している.したがってその成績さえ条件を満足していれば個人総合や種目別決勝に進出できる.表5中では,個人参加選手の所属チームを斜体で表している.
表5 個人総合予選結果
順位 選手名 所属チーム 得点 予選通過の可否
たっちゃん かりんさん 57.800
きーくん かりんさん 57.800
うんどう みかんさん 57.775
あきおさん りんごさん 57.650
ラーメン ももさん 57.600
ひめみやさん りんごさん 57.600
へめみやさん りんごさん 57.575 ×(二名枠)
はちべ あぼかどさん 57.550
ドルトン あぼがどろさん 57.450
10 ソラマメ まんごーさん 57.300
11 いくろう くりさん 57.150
12 おこりん こだますいかさん 57.050
13 ゆきなみ かりんさん 57.000 ×(二名枠)
14 いんたはい みかんさん 56.800
15 はかせ あぼかどさん 56.650
16 あきれす みかんさん 56.400 ×(二名枠)
16 ひだり ばーなーなさん 56.400
18 めり ようなしさん 56.275
19 もー あぼかどさん 56.225 ×(二名枠)
20 せっと めろーねさん 56.075
21 ほねきし かきさん 55.950
22 ふぇにっくす れもんさん 55.725
23 トムソン あぼがどろさん 55.600
24 そるじゃー れもんさん 55.550
25 くるつ かきさん 55.325
26 なかすどう ようなしさん 55.200
27 こだい なしさん 55.175
28 キミドリ まんごーさん 55.025
29 モンゴル ももさん 55.000
30 ブリキ きーぅいさん 54.925
31 ボルツマン あぼがどろさん 54.750 ×(二名枠)
32 さんだんばら ばーなーなさん 54.600
33 クロオ ぶどうさん 54.500
34 さざえおに すいかさん 54.325
35 にこりん こだますいかさん 54.275
36 ほこり めろーねさん 54.200
37 じゃっく いちぢくさん 54.075
38 カカシ きーぅいさん 54.050
39 さりー いちぢくさん 54.000
40 ぜぶら れもんさん 53.850 ×
41 むないた かきさん 53.700 ×
42 なり なしさん 53.550
43 けうけげん かぼすさん 53.275
 続いて個人総合決勝の結果を表6に示す(簡単の為上位8名までを表示).
表6 個人総合決勝結果
順位 選手名 所属チーム 得点 メダル
うんどう みかんさん 58.125
たっちゃん かりんさん 58.050
きーくん かりんさん 57.800
あきおさん りんごさん 57.650
おこりん こだますいかさん 57.575
ラーメン ももさん 57.550
へめみやさん りんごさん 57.400
ソラマメ まんごーさん 57.375
 うんどう選手が伝統のみかんさんチームの意地を見せた格好となった.なお,36位以内に入っていれば,同一チーム内での出場選手の入れ替えは可能なので,りんごさんチームはひめみやさん選手に代えて,へめみやさん選手を出してきた.



3.3 種目別
 文字通り,種目ごとのナンバーワンを決める競技である.
 団体予選が種目別の予選を兼ねていることは先述した.原則的には,予選での各種目上位8名により決勝が行われる.ここでも,国際試合では二名枠が存在する(もともと種目別の方で先に二名枠が採用され,後に個人総合にも適用されるようになった).つまり,得点上は上位8名に入っていても,同国の選手が3名以上入っていた場合は,3人目からは出場できないということになる.ただし,二名枠はあくまで一カ国二名までという規則なので,上位8名に入っていれば同チームの選手同士の交代は可能である,という点は個人総合と同様である.
 これも例によって小3嬢杯を例にみてみよう.表7を御覧いただきたい.これは種目別鞍馬の予選結果である.このようなランキングが男女合わせて全10種目について作成され,それぞれ8名が決勝に進むので,種目別決勝進出者は全部で述べ80名に及ぶ(一人で何種目も出る選手もいる).また,団体で出場できず,Mixグループとして予選に参加し,通過してくる選手も多い.このような選手はたいてい個人総合を捨て,普段から特定の種目しか練習していなかったりする,いわゆるスペシャリストであることが多く,予選でも全種目演技しないことがある.表7中では,ひげ選手やはり選手がスペシャリストにあたる.というのは,この2選手の所属チーム(やまももさん,くこのみさん)は団体総合,個人総合でも出てきていなかったチームであろう.また,われらがかりんさんチームでもつね選手,いが選手はどちらかといえばスペシャリストといえる.なぜならこの2選手は団体予選で全種目は演技しなかったからだ.現在の6-3-3制は,このように団体における強豪国でも,スペシャリストを登用しやすい制度だといえうる.このようなスペシャリストは各種目に存在し,優勝争いに絡んできているのが現代の趨勢である.言うなれば,総合での勝負を重視して全種目を満遍なく練習していると,種目別では上位に食い込めないような時代になってきているのだ.因みに日本は団体,個人総合での成績を重視した代表選考基準を採用している.やはり総合で,全種目にわたって高度なパフォーマンスを見せることこそ,真に体を操る,すなわち体操の本質であるとする哲学ゆえである.その中でさらに種目別での成績も追求していくのが日本のスタイルであり,課題なのである.
 なお,予選及び決勝で,得点が同一でも順位の異なる選手がいるが,これはやや複雑な方法により細かい序列を決定している.この方法は,採点規則に関して述べてからでないと説明できないので,一応次に記すが,ここではひとまず読み飛ばし,採点規則の項を読んだ後に読み返すのがよい.そもそもこのくらい細かいルールとなると,TV等で中継している場合は必ず解説者が説明してくれるから,一般の観戦者としては覚える必要は無い.とにかく種目別ではやや細かく序列を決定するとだけ頭の片隅においておけばよい.
 種目別における同点時の序列の決定法:複数選手の決定点が同点の場合,価値点の高いほうが上位となる.価値点も等しいときは,最も減点の多かったB審判の出した点を除いて,平均をとった点で高いほうを上位とする.以下この操作を順位に差が生じるまで繰り返す.最後まで差が生じなかったら同点.
表7 種目別鞍馬予選結果
順位 選手名 所属チーム 得点 決勝進出の可否
ひげ やまももさん 9.875
つね かりんさん 9.850
はり くこのみさん 9.825
いが かりんさん 9.800
たっちゃん かりんさん 9.750 ×(二名枠)
うんどう みかんさん 9.750
じゅりさん りんごさん 9.725
いくろう くりさん 9.725
かなえさん りんごさん 9.725
10 ばっふぁろー ももさん 9.700 ×(補欠1)
11 ゲラ ぶどうさん 9.700 ×(補欠2)
 そして種目別決勝の結果が表8である. 大きな大会になると,種目別は二日間かけて行われる.基本としては一つの種目を,決勝に進出した8人の選手が,くじで決められた順番で一人ずつ演技し,一人の演技の点数が出てから,次の選手が演技をする.そうして一つの種目に関して1位から8位までが決まる.
 そういうわけで,一度に体育館で演技してい選手が一人だけになるので,緊張もひとしおだろうが,観客としては一人の演技に集中できるので,とても観易い.また,必然的にその種目のトップ選手の演技をまとめて観られることもあり,体操観戦入門としてはお勧めである.これが団体や個人総合になると,全種目で一斉に演技を行うので全部を一度に観ることは至難である.当然注目選手をチェックして,その選手のこの種目だけは観ようという意気込みで臨まなくてはならず,事前の下調べ等大変である.しかも国際大会ともなると,全選手注目選手だったりするから始末におえない.
表8 種目別鞍馬最終結果
順位 選手名 所属チーム 得点 メダル
つね かりんさん 9.850
いが かりんさん 9.800
はり くこのみさん 9.775
じゅりさん りんごさん 9.750
うんどう みかんさん 9.725
いくろう くりさん 9.700
かなえさん りんごさん 9.700
ひげ やまももさん 9.650



2.1 男子種目の概要
 以下,各種目を紹介する.とはいえ,ここに書く内容くらいは一般の読者諸兄もおそらくご存知であろう.しかし本講は全く体操を知らない方をも対象としているので,念のため記しておく.所詮ここで述べるのは器械器具自体の説明が中心であり,各種目の表層を撫でるのみの一般論に過ぎない.これらの器具を舞台に繰り広げられる演技,競技の本質は多彩極まりないものである.したがってここではどのような器具があるのかということさえわかっていただければいいのである.
 また,各種目の特別要求も各項末に記すが,特別要求については採点規則の説明を待たねば理解し難かろうから,ここでは一旦読み飛ばし,採点規則の節を読んだ後に読み返していただきたい.
 男子の種目は,左図に示す通り,床→鞍馬→吊輪→跳馬→平行棒→鉄棒の順にローテーションを行う.
 なお,男子の種目では,原則的に上はランニングシャツ,下は長ズボン(黒っぽい色のものは不可)に靴下の着用が義務付けられている.ただし床及び跳馬では短パンの着用や素足での演が許されている(とはいえ,ほとんどの選手が短パンで演技している).また,全種目で体操用シューズの着用が認められている.



2.1.1 男子床
特別要求:
T.バランス,力技,柔軟技
U.リープ,ジャンプ,ターン,旋回技
V.前方系の跳躍技
W.後方系の跳躍技
X.側方系,後ろとびひねり系の跳躍技
 尚且つ終末技はC難度以上でなければならない.

この図,『□』の使い方間違ってますね,すいません.とにかくここで描きたかったのは床は12メートル四方であるってことです.



2.1.1 鞍馬
特別要求:
T.片足振動技
U.旋回技
V.移動技
W.転向技
X.終末技はC難度以上



2.1.3 吊輪
特別要求:
T.け上がり,振動技
U.振動倒立技(2秒静止)
V.振動からの力静止技(2秒静止)
W.力技,静止技(2秒静止)
X.終末技はC難度以上



2.1.4 男子跳馬



2.1.5 平行棒
特別要求:
T.両棒での支持振動技
U.腕支持振動技
V.両棒での懸垂振動技
W.力技,静止技,旋回技,横向き単棒技
X.終末技はC難度以上



2.1.6 鉄棒
特別要求:
T.懸垂振動技
U.手放し技
V.鉄棒に近い技
W.大逆手,背面懸垂,バーに対して後ろ向きの技
X.終末技はC難度以上



2.2 女子種目の概要
 女子の種目は,左図に示す通り,跳馬→段違い平行棒→平均台→床の順にローテーションする.



2.2.1 女子跳馬



2.2.2 段違い平行棒
特別要求:
T.低棒から高棒への移動
U.高棒から低棒への移動
V.手放し技
W.低棒での技
X.棒下振り出し系,浮き支持回転系,シュタルダー系の技
Y.終末技はC難度以上(種目別決勝ではD難度以上)



2.2.3 平均台
特別要求:
T.アクロバット系シリーズ
U.ダンス系,混合シリーズ
V.片足上または片膝上での360°以上のターン
W.180°以上の前後開脚跳躍技
X.バランス,倒立系の技(2秒静止)
Y.終末技はC難度以上(種目別決勝ではD難度以上)



2.2.4 女子床
特別要求:
T.アクロバット系シリーズ
U.2つの宙返りを含むT以外のアクロバット系シリーズ
V.異なる3種類以上の宙返り
W.片足上でのダンス系ターン
X.片足踏み切りのダンス系跳躍技からなるダンス系組合せ
Y.終末技はC難度以上(種目別決勝ではD難度以上)



5.1 採点規則の概要
 体操競技の国際大会はFIG(Federation Internationale de Gymnastique)の定める採点規則に則って採点される.これは絶対評価であり,正しく規則どおりに採点すれば東京の大会で出した10点もブカレストの大会で出した10点も同等の価値をもつ.すなはち得点には観性があるのだ.次にその理由を述べる.
 体操においては難しい技を行えば高得点が出るし,美しい演技をすれば高得点が出
 難しい技を行ったとするファクターが価値点である.体操のすべての技(跳馬を除く)はA,B,C,D,E,superE(sE)の難度(A難度のほうが簡単で,sEに近づくにつれ難しくなる)に分類されており,どの難度の技がいくつ入っていたか,どの難度の技がどの難度の技と組み合わされていたかにより価値点が一意に決まる.跳馬については,跳び方ごとに価値点が決められている.価値点の上限は10.0点である(つまり,加点対象の技をいくらたくさんやっても価値点が10点を超えることはない).尚,価値点はA審判が算出する.
 美しい演技をしたとするファクターが実施減点である.価値点から実施減点を引いたの
が最終的な得点(決定点)となる.
          (決定点)=(演技価値点)−(実施減点)
即ち,実施減点が少ないほど美しい演技だと言える.どのような失敗をしたらどのくらい減点されるかも,採点規則で事細かに規定されている.例えば腕の力で体を水平に支える技(上水平,中水平,背面水平et cetra)では,水平からの姿勢の逸脱が0度なら0.00,1度から15度なら0.10、16度から30度なら0.20,31度から45度なら0.30減点され,45度を超えると難度自体を認めない,というふうに定められている.角度の測定が目測によるということを除けば主観の入り込む余地はない.尚,減点はB審判が算出する.
 これまで述べてきたように,価値点,実施減点ともに絶対的,客観的に定まるため,その差たる決定点は絶対的かつ客観的なのである. Quod erat demonstrandum.

 本当は主観の入り込む余地はあるんですがね.これを書いたときは洗脳のためフィギュアとかに比べて客観性が高いことを強調したかったのでやや誇張して書いてますが.
 また,主観が入ったほうがむしろいいのではないかとか,「減点が少ない」=「美しい」でいいのかとか,さまざまな問題はあるんですが,ここではあくまで01年度版ルール(02年に一部改正されたもののアテネ五輪の年まで使われたルール)の解説をするにとどめています.



5.2 採点規則の内容(採点方法)(1)価値点
 価値点の算出方法を簡単に述べる.観戦に最低限必要な略記法を用いる.尚,ここでも男子のルールについてのみ述べるが,女子の場合も概ね似たようなものである.より詳しく知りたい方は日本体操協会発行の採点規則を参照されたい.

 まず選手は次の二つの要求を満たした演技構成をつくらねばならない.
(1)難度要求
 選手は跳馬以外の種目では演技中に最低でもC難度の技を3つ,B難度の技を3つ,A難度の技を4つ行わねばならない.これを俗に3C3B4Aという.
 尚,この要求はより高難度の技によって満たすこともできる(表9参照).
表9 難度要求を満たす構成例
構成 要求満足の可否
3C4B5A
1E2D1C4B2A
2E3C7A ×
 A難度の技が一つ不足するごとに0.1,B難度なら0.3,C難度なら0.5点だけ価値点から引かれる.
(2)特別要求
 この要求は演技構成に偏りのないことを求めるものである.
 各種目の全ての技はそれぞれ5つのグループに分類されている.例えば鞍馬では旋回系,転向系,移動系,交差系,終末技の5つである(各種目の概要参照).これら5つすべてのグループの中からB難度以上の技を一つ以上行わねばならない(ただし終末技グループからはC難度以上の技を行わなければならない).
 要求を満たせないグループが一つあるごとに0.2点だけ価値点から引かれる(ただし終末技の要求が満たされなかった場合は0.3点だけ引かれる).

 以上(1)及び(2)をともに満たしたとき,価値点は8.8点となる.価値点を満点の10.0点にするには残り1.2点ぶんの加点が必要になる.

(3)加点
 加点にかかわる技はD難度以上の技のみである.加点には難度加点組合せ加点の二種類がある.
 ・難度加点
   D難度の技を一つやるごとに0.1,E難度なら0.2,sE難度なら0.3点の加点が得られる.
表10    難度加点
難度 一つやるごとにもらえる加点
D 0.1
E 0.2
sE 0.3
 ・組合せ加点
  複数のD難度以上の技を直接組み合わせると,その組合せに応じて加点がつく.その基本たる二つの技の組合せに対して与えられる加点は表11に示すとおりである.これをふまえて,3つ以上の技の組合せに対しては表12のように加点を与えることに定められている.
表11 二つの技の組合せに与えられる加点
組合せ 組合せ加点
D+D 0.1
D+E or E+D 0.2
D+sE or sE+D 0.2
E+E 0.2
E+sE or sE+E 0.2
sE+sE 0.2
表12 3つ以上の技の組合せとその組合せ加点の例
組合せ 組合せ加点
D+E+E 0.2+0.2=0.4
E+D+D+D 0.2+0.1+0.1=0.4
D+D+D 0.1+0.1=0.2

 以上より,(1)(2)を満たした場合,価値点は
        (価値点)=8.8+(難度加点)+(組合せ加点)
となる.

(4)その他
 加点が1.2点を超える構成であっても,価値点の上限は10点であり,この場合価値点は10.0点とする.
 一演技内に同一技を3回以上連続で行うと,この行為一回につき価値点から0.2点引かれる.
 同一技の難度は一度までしか認められない.したがって,あるD難度の技を行えるからといって,その技を12回やっても加点は一回目にやったものに対する難度加点0.1のみであり,価値点は10点にならない.



5.2 採点規則の内容(採点方法)(2)減点
 採点規則では減点についても細かく規定されている.ここでは代表的なものについて紹介する.
表13 過失と減点の例
過失の種類 小過失 中過失 大過失 それ以上(難度自体も不成立
過失の概要 僅かな過失 明らかな過失 極端な過失 落下等
対応する減点 0.1 0.2 0.3 0.4〜0.5(A審判により,技の価値が認められない
過失の例(1)
着地
小さく一歩動くごとに
0.1減点
大きく一歩 手をつく(0.4)
尻餅(0.5)
過失の例(2)
正しい姿勢の角度からの逸脱
1°〜15° 16°〜30° 31°〜45° 46°以上
 過失には,それぞれの技について定められた技が完了したときの姿勢からの逸脱全な実施からの逸脱手・足・体のずれ,その他の美的・技術的欠点などがある.
 そのほか,定められた服装からの逸脱や種目によっては演技時間の超過に対しても減点がある.
 次のようなものは覚えておくとよい.床のラインオーバーは0.1の減点.静止技が2秒に満たない場合もその度合いに応じて減点がなされる.器具系の種目につきものの落下は0.5の減点.
 落下のように非常に大きなミスをすると,A審判がその技の難度自体をカウントしてくれないので0.5の減点に加えて価値点も下がる恐れがあり,全体としては大変おおきな減点になってしまう.
 ただ,観戦するだけならあまり細かいところまで知っている必要はない.要は,
・一つ一つの技が美しいか(体の線を美しく見せられているか,肘・膝は曲がっていないか,足は割れていないか...体操においてはこういう状態を美しいとしている
・雄大性(大きさ)があるか例えば宙返りは高いほうがよい)
・演技全体の流れはいいか
・動きが能動的か否か例えば脚を開くなら極限まで開く,開くつもりなのか閉じるつもりなのかわからない動きはダメ)
というあたりを観ていればよい.これらに合致していればいるほど減点が少ないと思っていてよい.

 特に,オリンピックともなると,ほとんどの選手が価値点を10点満点にしてくるので,価値点のことは気にせずに,実施減点だけ観ていても観戦に支障はない.



5.3 ルール改正
 4年に一度,五輪の次の年にルールが改正される.
 これは,ずっと同じルールにしていると,多くの選手がそのルールに適合した演技構成(つまり価値点10点の演技構成)を身に付け,その習熟度も高まってくるため,点数に差がつきにくくなり,明確な順位付けが困難になることを打開するためのものである.(しばしば,「10点ばっか出さなきゃいけなくなるからだよ」という説明も聞くが,そうではなくて,あくまで各選手の点差が接近してきて,序列がつきにくくなる,というか極限まで行くとその差が小数点3桁以下になってしまい,序列がつけられなくなるのを避けるためというのが目的であると考える.)
 ごく単純な言い方をすると,よりルールを厳しくすることで,点を出しにくくする方向に変える.具体的には,例えば97年版ルールではC+Dの組み合わせに対しても加点を与えていたのに,01年版ではそれがなくなった.また,多くの技の難度が引き下げられた(例:コバチE→D).
 このように4年に一度ルールが変えられてはいるのだが,理想的には,体操の実力を正当に評価できる普遍的な基準を確立し,その後は変更が必要ないようなルールができるのが望ましい.『体操の実力』『正当に』というのがどういう意味なのか,実在する概念なのかということも定かではないが,少なくともルール改正は,単にその後4年間をどうにか序列をつけられるように乗り切るためだけのその場しのぎのものではなく,実際に到達は不可能かもしれなくとも,理想のルール作りを目指したものであるべきであると考える.



5.4 年齢制限
 オリンピック,世界選手権等の国際大会に出場できるのは満16歳以上(ただし,五輪前年の世界選手権と五輪には,その五輪の年の内に16歳になる選手なら出られる)という決まりがある.
 これが意図しているところのものはなんとなく想像がつくが,意図したことと実際の効果が一致しないのはよくあることだ.また,意図しなかった弊害が生じることも.そしてルールは破るためにあるという気概を持った国も広い世界にはあるらしい...
 ルールがある以上は守りましょう.そしてその上でルールの変更を諮るべきでしょう.特にスポーツでは.



付録 特別要求と10点を超える構成



付録 名言集



採点分解能と量子化誤差





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